2013/01/07

※ この記事は「KDPmayuのブログ:HOTDOGDAYS!!」からの転載です。
  画像が見えない場合は、↑のリンクからご覧ください。(IEでご覧の方、ごめんなさい)

福島から来ただいちゃんの子犬たち三匹は、

それぞれ少しづつ、慣れていっています。

めきめきと吸収しているのはおとこのこのコッコ。

一昨日、初めてのお散歩も果たしました!!!

これはすごいことだと思います。

最後に来たピッピも早いと感じます。

ポッポだけは、きっともともと怖がりなのか、

こそこそとしております。

まだ、ゴハンも無理やり食べさせています。

無理やりですが、食べてはくれるのでどうにかなるでしょう。

HOTDOGDAYS!!

コッコはもうお散歩が楽しくなってきたようで、

みんな早くそうなると良いです。

家族と思っていた人に捨てられたことがありますか?

知らない場所で眠れぬ夜を過ごしたことがありますか?



保護犬たちを迎えるにあたっての条件はなんでしょうか。



犬種や性別、

性格や年齢。





それから家族として一緒に過ごすのですから、

ご希望に添えれたら良いだろうとは思います。









どこからどういう年齢で迎えたとしても、

何年も一緒に居れるか、それは確約された話ではない。

誰だって長く一緒に過ごしたい。

しかし大切なのはそこではないのでは?

短くとも、一緒に過ごせたことと、

たったひとつ、小さな命が、温かい家庭で死を迎えられたということ。



慈悲を込めて慈愛を込めて、

「かわいそう」と言わないでください。

犬たちに必要なのは、そんな一瞬の言葉ではなくて

安心できる「死に場所」です。



ご飯が毎日もらえること

お散歩に連れて行ってもらえること

ぽかぽかした日差しや、落ちる葉を一緒に眺めること

そんな普通の、最低限の毎日の末の普通の死。





若くない、中年やそれ以上の年齢の犬を迎えることは、

迎えた人にとって、一緒に過ごせる時間が短いかもしれない。

かけがえのない存知になった犬を亡くすのは、とても悲しいことかもしれない。

けれどもその迎えられた犬にとってはどうだろうか。



犬としあわせに暮らすことと

犬をしあわせにする事は、

同じようで別の事だと思います。

先日、一月一日。

お正月になるのを、まるで待っていたかのように、

朝、息を引き取った犬がいました。

センターから来てすぐに腫瘍を取る為の手術をしました。

半年ほどしかお山で過ごしていないのではと思います。

とても心に残る、そんな子でした。

良い犬だから、心に残る、そういうわけではありません。

より強く思う、というのはありますが、

どの子もみんな、死んでしまうのはとても悲しく、

短くとも一緒に過ごせたことに感謝する。

また、ここで死を迎えさせたことを悔しく思う。

一ヶ月も一緒に居れなかった子もいる。

たった数日の子も。

焦点はそこではないのです。

里親さんたちから届く、うれしく楽しい便りの中には、

もう治せない病気にかかった知らせや、訃報もあります。

とても悲しくなります。

その犬を思って、そのご家族を思って。

きっとご家族はもっともっとつらい。

それでも、そこには確かに、

あたたかい何かを感じられるのです。

2 Responses to 2013/01/07

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