2012/02/07  うれしいニュースとかなしいニュース

先日、裏ブログでセンターの様子として写真を掲載しましたコッカーが、

無事新しい家族に迎えられました!

すでに馴染んでおり、先住犬たちとも仲良くやっているようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前から一緒に居るみたい。

そういう運命だったのかな。と。いうことかもしれません。

 

裏ブログで写真を見て家族に迎えて下さったRさんですが、

すでにたくさんの事をしてくださっています。

お母さまは、おてもやんを引き受けて下さっていますし、

たくさんの人へ保護犬の事などを発信しして下さっています。

いつも本当にありがとうございます。

心から、感謝致します。

 

 

 

せっかくのうれしい報告のブログですが、悲しいお話を。

先日、福島被災犬のボボと、保護犬ジュリが天に召されました。

 

ボボは、心臓が悪く、通院し、たくさん薬を飲ませていました。

「いい犬」って、ボボのためにある様な言葉だと思います。

ボボは心臓が悪いのに、本当に強く生きた。

ごはんを自分で食べなくなってからも、何日も何日も生きた。

 

生きる事が、犬にとって「正しい事」だからか。

心残りは、彼をやさしく強くたくましく育てた福島で死なせてあげられなかったこと。

お骨を、福島に返そうと思っています。

せめて。ですが。

 

心臓がほんとうに悪く、病院の先生に驚かれた。

良くこれで生きてるな、って言われた。

ボボは強く生きたよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

だいすきなボボ、しばしのお別れ。

 

 

そして数日後。

ジュリが逝く。

その日は夜中にブブが発作を起こし、私は5時くらいまで起きていた。

朝、8時過ぎ頃。

ジュリは静かに死んでいました。

前日のごはんは、残さず食べていて、私の中で、まだまだだった。

老犬なので、いつそういう事が起こっても、おかしくは無い。

 

悲しかった。

 

犬を看病が必要になった段階で捨てる人もいるが、

私はその看病が大切な時間だと思っています。

看病することで、心の準備をしている気がする。

私が、思い残すことが無いように。

それでも後悔は残る。

けれども、少しでも。

 

私が悲しい理由は、他にもあります。

犬との別れという悲しい出来事に、慣れていっているという事。

病気の子や老犬が居るから、死んで行くのは当たり前。

でも、泣いて暮らしていく訳にもいかない。

たくさんの別れに、慣れている自分が悲しい。

1つの死ってそんなもんだろうか。

家族がめちゃくちゃになってしまうくらいの、一大事ではないんだろうか。

 

今日もどこかで殺処分されていく命がある。

それは当たり前のことでもしょうがない事でも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

元気な日の、ジュリ。

 

しばし、おわかれ。

 

 

 

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